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教員のRefresher Course

ビクトリア州の教育省は、3年以上教壇から離れていた人や海外で資格を取得した人を対象に無料でRefresher Courseを開講しています。教員不足の教科に携わる人や地方の公立学校で勤務を希望する人は優先的にコースを受講できるようです。申し込みにはVictorian Institute of Teaching での登録が必要です。

コースでは、近年の学校教育における変化について触れ、知識やスキルをupdateし、就職に向けたアドバイスを受けることができます。最後には学校訪問もあります。

すでに2006年の日程は決まっていて申し込みができます。先日問い合わせたところ、2007年の日程は2006年8月頃に決まるそうです。

Victoria州のさまざまな場所で開講されていますが、地理感覚がないのでさっぱり。予定表にはBurwoodやAbbotsford他4ヶ所の場所が挙がっています。メルボルンからは遠いのでしょうね。

ビクトリア州教育省 http://www.teaching.vic.gov.au/
by yellow-bus | 2005-12-26 23:26 | オーストラリアで教職への道

ビクトリア州の教員登録制度

初めて「妻」が書きます。緊張します!

教員はやりがいのある、魅力的な仕事です。
現在私立高校で数学を教えており、オーストラリアでも教職に就きたいとリサーチ中です。

ビクトリア州の公立学校で教壇に立つためにはVictorian Institute of Teaching という機関で登録が必要なようです。日本で教職課程を修了し職歴を積んだ私のような者でも登録可能で、とても日本では考えられない制度です。登録にはこんな書類が必要みたいです。

・ 所定のForm A(A4用紙7枚)
・ 戸籍謄本
・ 大学・大学院の成績表、卒業・修了証明書
・ 教員免許状
・ 45日以上の教育実習を修了した証明書
・ 職歴証明(所定のForm Bでも可)
・ 英語力を証明するもの(IELTSならばAcademic7以上)
・ 無犯罪証明書

特に困っているのは「教育実習修了の証明書」です。私が学生だったころ、実習期間は最大で6週間でした。よって、学校がお休みの日曜日をカウントしても42日間しかありません。また、成績表には単位数が載るだけで、実習期間までは明記されません。大学に問い合わせても、そうした証明書はないし、公式なシラバスもない・・・とのことでした。

詳しくは Victorian Institute of Teaching へ
http://www.vit.vic.edu.au/content.asp?Document_ID=1
by yellow-bus | 2005-12-19 22:04 | オーストラリアで教職への道

AU$高

今、円安AU$高ですね。日本から行くのに、こんな逆風はありません...(涙)

先日、CITIBANKから 

「1990年からの金融市場と日本の動き」

と題する広告が送られてきました。そこには、折れ線グラフになった、「為替相場」
 ・ドル円
 ・ユーロ円
 ・豪ドル円
 ・NZドル円
と「株式相場(東京・NY)」が載っていました。

15年分が一枚の紙になっていて、しかも大きな事件も書いてあり、非常に役に立つものだと思いました。

驚いたのは、
「今のAU$高よりも、もっと高い時期があった」 ということと、
「NZ$とAU$の差が小さくなってきている」 ということ。

1990年頃には、なんと1AU$=110円超! 信じられない...
その後、1995年まで下がり続け
 (1995年4月には1US$=79.75円というとんでもない円高ドル安を記録しました。
日本円が強かったというより、米ドルが弱かったと記憶していますが)、
1997年のアジア通貨危機&世界同時株安が起きる前まで上がったものの、その影響でまた下がり始め、
2000年のシドニー五輪でまたAU$高に転じてきています。

2000年暮れにオーストラリアを旅行した時には、大体1AU$=65円から70円くらい、だったと記憶しています。為替相場は良かったのですが、オリンピック後で何もかも高くなった感じがしました。

1990年頃、1AU$=110円に対して、1NZ$=80円、でした。
それが、今や、1AU$=88円に対して、1NZ$=81円、です(12/16 東京三菱銀行の電信為替売り相場より)。
NZも、国力も上がって経済力もついてきた、ということなのでしょうか。個人的には今までどおりの住みやすい国のままでいてもらいたいです。
でも、今年の6月に久しぶりに行ってみて、やっぱり物価高を肌で感じました。
もちろん、NZ$高もあったので、余計に感じたと思いますが。

この先の、為替相場が気になります。どうやって日本円を持っていこうか...と。
為替相場のせいで損した感じがするのは、何か納得がいかないです。
by yellow-bus | 2005-12-18 17:23 | Australia いろいろ

親の話3

(シリーズ化するつもりは、これっぽちもないのですが、前回からの進展状況を書かないと、自分自身、他のネタが書けない感じがして、”その後”について、少しだけ書こうと思います。)

実際、その後は  何にもないです。

何にも進展していません。
奥様の実家からは、アレ以来、ぱったりと音信不通になりました。
(元々、毎日連絡があるわけではなく、ごく普通に、用事があったり知らせておいたことがいいことがあれば電話や携帯メールなどでお互い連絡をしていました)

何にも進んでいません。

何もありません...。


ちなみに、旦那側の親は、

「一家みんなで頑張るんだから、いいじゃない。(向こうの両親のことは)気にしないこと。」

なんて、言っておりました。

ま、時間はやっぱりかかりますね。それは覚悟の上なので、仕方のないことなのですが。
こちらのやろうとしていることが親にとってどんなに無謀なものに見えるのか、
時間が経ってきて、なんとなく分かるような気もします。
でも、こればっかりは、理解していただく他に方法はないようです。
もちろん、その努力は怠らないつもりです。

きっと、しばらくは何の動きもないと思うので、何かあったら
落ちついて整理してからブログに書こうと思います。

(それにしても、意固地になっていると、孫に会う機会がどんどん減ってしまうと思うのですが...)
by yellow-bus | 2005-12-17 23:59 | 雑記

親の話2

その日は、突然訪れた...

子どもの風邪は治りかけだけど、明日は保育園に預けようと思っていたところ、
「これからそっちに向かいます」
という連絡があり、では翌日も保育園を休ませて、奥様の両親に一日遊んでもらうことにしました。

夕飯を食べて帰る、ということだったので、私は仕事も早々に切り上げ、東京土産も買い、いそいそと家へ帰ると、何だか、暗い...暗雲立ちこめるとは、このことか...

どうやら、「オーストラリア移住話 第2弾(妻の両親編)」が始まってしまったようでした。
 母 『カレンダーに、「1/2 Qantas出発」ってあるけれど、これはどういうこと??』
ということから始まったらしい。そこで、今回の旅行と移住の話をうちの奥様がし始めるも...

以下、要約 (というか、要約しきれません...涙)
 ・今の安定した生活を捨てて、なんで敢えて苦労するのか
 ・子どもの、日本人としての教育は
 ・家もない、仕事もないということが本当に分かっているのか
 ・仕事はどうするのか
 ・仕事の見通しもないなんて、無計画すぎる
 ・無職での生活・お金のやりくりはどうするのか
 ・今から、現地に行ってすぐに仕事に就けるような資格の勉強をしないのか
 ・海外のホテルの仕事では、今までの経験上、女性しか見たことがない .....もっともっと

ということで、話を聞いてもらう、というよりも、怒って夕食どころではなくなり、帰ってしまいました。
30代夫婦(子どもあり)、子どものように怒られた...

突然いなくなる話をされて、怒るのも当然です。が、全くもって、議論になりません。
議論というとちょっと御幣があると思いますが、私たちの考えを酌んではもらえませんでした。

  「なんで向こうに行くの??」
これが、親の基本的な疑問でしょう。しかし、私たちは彼らのその問いに対する、彼らにとっての明確な答えを持っていないのです。
もちろん、私らにとっての明確な答えはあります。
  「チャンスがあるんだから、それを試さないわけはない」ということ。
今まで勉強してきて、資格も取り、留学もし、仕事もし、ある一定以上の英語力も身につけ、向こうでやってみたい、と思って努力した結果が、「永住ビザ」に結びついたわけですが、親にとっては、そうではないようです。

もちろん、論破できることもたくさんあります。しかし、ここで「親を論破する」ことが「こっちの言い分を押し付ける」ことになり、そこには今は特に意味は無いようなので、最低限我慢のならないことだけは反論する程度に抑えましたが、根本的なこちらの意図は全く理解してもらえませんでした。もちろん、感情論になっていたことは間違いありません。

こちらとしては、出発までの間の限られた時間の中で、あらかじめ向こうへ行くことが分かっていれば、もっと(意識的に)孫に接することができるだろうから、ということで早めに話したのですが、これが今後、私たちが会うたびに小言を言われることになるのではないか、と思うしだいであります(それは、甘んじて受けますが)。

それにしても、予想以上の抵抗でした。
(追: 「親の話3」、が無いように祈るばかりですが、きっと、私の意思に反してシリーズ化されるでしょう...(笑)
by yellow-bus | 2005-12-09 23:52 | 雑記

親の話

先日、いよいよ話さなければと思い、実家(旦那の)に一家3人で行ってきました。

  まだ、伝えていなかったのです、オーストラリア移住の話!

数日前から「おばあちゃんの命日が近いから、仏壇に線香をあげに行く」という名目にして、なにも怪しまれないようにしました。(←怪しまれる要素などなにもないのに、なぜか慎重。)

さて、実家に着き、無事線香をあげ、つまらない話などしていたら時間が過ぎていきました。
   (そろそろ帰らないといけないから、話すか...)

ということで、
  「今度のお正月は、3人でオーストラリアに旅行に行くので、こっちには来ません。」
と切り出しました。

  ....「そう」(特に反応はなし) 

  「で、何しに行くかというと、単なる旅行だけじゃなくて、再来年に向こうに住むことに決めたので、その下見に。街とか、家とかちょっと見てこようかと思って...」

  ....「(小さく)えっ!?」 「前に行っていたところとは違うのか?」

  「ニュージーランドの隣だけど、別の国。」

  ....「あら、いいじゃない。 自分で決めたことだし」 
 
(以下、永住ビザについてちょっと説明して終了。)

ということで、こちらが拍子抜けするくらい、あっさりな実家の反応でした。
というか、ただ単に、言いに行くのにこちらがビビッていただけで、うちの実家は、いつも何においてもこんな感じです。今までに何かあっても、止められたこともなきゃ、質問攻めにあったこともなし。ありがたいことです。

だけど、びびりのあまり、というか安心させなきゃ、と思って、聞かれてもいないのに、

  「盆暮れ以外の時期に行けば、すごく安いから」 とか 「ちょっと遠いけど、会えないわけじゃないし」 とか、「パソコン教えるから」、等などいろいろ言い置いて帰ってきました。


後日、子どもの調子が悪く、母親に面倒を頼み、うちに来てもらった時に言われた言葉、

  「で、向こうへは仕事で行くんでしょ?」

海外への出張と思っているようです。根本的には理解していないようなのですが、海外に行くことだけは分かってもらえたようで、通過儀礼一つ終了、という気分です。
by yellow-bus | 2005-12-05 23:47 | 雑記


オーストラリア永住VISAが05年9月におりて、07年6月にメルボルンに引っ越し(移住)してきました。


by yellow-bus

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