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Cultural DiversityとMulticulturalism

トラックバック :DIMAの改称
これを書いたその日の夜、carparkeeさんに教えを乞い、少しは分かったような感じがしました。そしてその後、自分なりにちょっと調べてみました。

まず多文化主義といっても様々な立場があるようです。細かくはまだ分かりませんが、もし大まかにわけるとしたら、カルチュラル・プルーラリズムとマルチ・カルチュラリズムを区別しなければならないようです(用語に関しては国や学者の間でズレがある様に思われます)。
前者は自由・人権といった近代の思想を前提にし、その範囲内で多様な価値観を認めるというもの。従って、途上国の前近代的な固定的身分制度などは否定の対象となる。一方、マルチ・カルチュラリズムは、他の文化を非近代的として否定するのは西洋中心主義に他ならないと考え、民族などの集団に対して西洋モデルとは異なる行政方式を認めようとする。

よって前者は、文化の多様性を認めるだけでマイノリティの文化もマジョリティと同等のものであると継承を認めたものではない、となります。これはCultural Diversityと同義と思われます。

後者は、どの文化も、マジョリティであれマイノリティであれ同等、というかマジョリティもマイノリティもない、という考え。これがMulticulturalismである、と思われます。
なかなか難しいです...。こんがらがってきそうです。

ということは、ハワード首相は、Cultual Diversityは認めているわけだから、アングロサクソン系の文化がマジョリティであって、それ以外の文化の存在は認めるものの、対等ではないという立場、という風に理解しました。
(これがあっているかどうかも自信がないのですが、解説をいただけたり、もっと分かりやすく説明していただける方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。)
by yellow-bus | 2007-02-10 00:35 | 雑記

DIMAの改称

内閣改造が行われた(1/23)のは知っていましたが、省名まで変わっていたとは、気づきませんでした。
Department of Immigration and Multicultural Affairs (DIMA)
は、下記になりました。
Department of Immigration and Citizenship (DIAC)
(「移民・多文化問題省」を「移民・市民権省」に改称)

昨年の関根教授の多文化主義の講演会では、「ハワード首相は、一度もMulticulturalという言葉を使ったことはない。Cultural Diversityとは言うが...。彼はMulticulturalismが大嫌いだから。」ということを聞いていましたが、省の名前まで変えるとは、ビックリしました。
私の実感として、MulticulturalismとCultural Diversityの違いは良く分かりませんが、感覚として、なんか異質なものを感じます。
実際に暮らしてみて、どう思うのか、興味津々です。
by yellow-bus | 2007-02-08 15:59 | Australia いろいろ

『イエロー・オーストラリア』

『イエロー・オーストラリア アジア化に揺れる豪州』 大石 信行著 明石書店2003年刊

先日の講演会に向かう途中の本屋さんでたまたま目にした本。気になったので、さっとメモして帰宅後、図書館で借りました。
“多文化主義”に関する講演会に行くところでしたので、きっとそれに関連した話だろうと(勝手に)思っていました。

が、違いました。アジアとオーストラリアの経済的つながりについて・オーストラリアの現実について、というのがこの本のテーマでした。

一つ一つの見出しは細かくついていて、文章も短くまとめられているので、あっという間に読めます。経済についてのつながりは、正直言ってあんまり知らないことばかりでしたが、難なく読めました。

本のサブタイトル「アジア化に揺れる豪州」から、私は勝手に、アジアからの移民が増えているオーストラリア社会の現状とその問題点について書かれているんだろうなー、って思ってしまいました。
実際、そのあたりのことはあまり書かれていません。「2003年発行」となっていますが、読んだ感想としては、もっと古い感じを受けました。2002年におきた出来事も当然書かれていますが、はて、なぜなのでしょうか?

結論としては、日本はまだオーストラリアの隠された能力に気づいておらず、「ビーチ・BBQ・大自然・コアラやカンガルー」のような固定観念にとらわれていて、早くオーストラリアの潜在能力に気づいた方が国のためだ、ということになっています。

この本を読んで、いくつも疑問に思ったことのひとつに、「オーストラリア政府はIT技術をどんどん使って世界有数の最先端電子政府を目指す」、とありましたが、一般家庭のブロードバンド化がそんなに進んでいないと聞くのに、どこをどう進めているんだろうか、ということでした。
現地に引っ越したら、このあたりのことを体験できそうなので、また書こうと思います。
by yellow-bus | 2006-12-25 12:52 | Australia いろいろ

講演会から帰ってきて

講演会は、とても面白かったです。新しい”気づき”もあったし、自分がおぼろげながら思っていたことが正しいことなのかどうなのか、ある程度、分かることもできたので。
ただ、いろいろと考えさせられました...。

新自由主義経済の下では、移民であろうと現地民であろうと、競争を強いられ、極端に言えば、競争に勝たないと生きていけない。
オーストラリアへの移住を考えたとき、日本でのストレス社会・競争社会からの脱出について考えたことはなかっただろうか、と。

最近、ワーク・ライフ・バランスという言葉が注目を浴びてきていますが、これは、差し迫った少子化対策、女性の社会進出のための環境整備、家族のあり方といった視点から考えられるようになってきていると私は思いますが、実際はまだまだというか、全然ダメです。

子どもが産まれてから、子育てを”協力的に”というか、”積極的に・主体的に”やってきて、いかに日本の会社は残業が多いのか、身にしみて感じています。
保育園に迎えにいく時は、定時きっかりに仕事を終えないと間に合わないので、実質的に残業ができなくなった、ということや、私の給与体系が変わって、残業しても残業代が出なくなった、という事情もあって、残業をしなくなりましたが、残業しなければしないで仕事は何とかまわっていくものだ、と思いました。(それでも、月に何回かは残業しないと終わらないこともありますが。)

これだけ残業しないといけないんじゃ、そりゃ世の中、少子化にもなるわ、って思います、正直言って。
うちもごく一般的な核家族で、共働き世帯ですから、どっちかが家事育児を全部行なう、なんて無理です。でも、頑張っている方は多いですよね。

以前の新聞記事で、各国の労働時間の一覧を見たときに、オーストラリアは日本よりも長い、という事実に驚きました。コレ⇒
もちろん、これには日本のサービス残業はカウントされていないので、もしかすると、事実上は日本の方が長いのかもしれない。

イメージだけでも、オーストラリアのほうが生活しやすい、とか家族と過ごす時間が長い、という風に思い浮かべがちであり、それを求めての移住ということは、全部が全部そういう理由ではないにしろ、否定はできない。
現に、国連からの順位づけでもオーストラリアは上位に入っていますし。コレ⇒
けれど、結局のところ、新自由主義経済の世の中では、形が違っても、場所が違っても、競争は避けられないものなのだなー、って気づきました。

なかなか考えさせられます。今住んでいる日本の社会や会社にも、これから行こうと思っているオーストラリアについても。
でも、やっぱり、もうちょっとゆっくり暮らしたいな、って思います。どの国であれ。
by yellow-bus | 2006-11-13 00:11 | Australia いろいろ

多文化共生 -その3 『多文化主義』5

多文化主義社会の成功例としてのオーストラリアのサッカーチームが挙げられます。
2006年のW杯で活躍したサッカルーです。
このチームは、半数以上が東欧・南欧系の名前を持っている、移民2世です。親の移住に伴ってオーストラリアで育った子どもたちは、その時代の福祉主義的多文化主義の恩恵を受け、あまり差別を被ることなく子ども時代を過ごしました。
その後は、能力が認められ、ナショナルチーム入りすることができ、その選手のほとんどがヨーロッパのリーグで活躍中。
W杯の活躍の後には、「新自由主義経済下の移民政策の成功・多文化社会のシンボル」とまで新聞に書かれることもありました。

一方でこのような成功ばかりではなく、実際、2005年暮れにはシドニーで人種暴動が起きてしまいました。
シドニーの人種暴動は、失業中の中近東系移民の若者と同じく失業中の英語系オーストラリア人の若者との間におきた諍い(いさかい)が発端。
両者とも失業中である状況を考えると、新自由主義経済政策がもたらす競争の中で勝ち抜けなかった、“敗者”である可能性があります。
経済主義的多文化主義によってもたらされた、高度技能移民者に職を奪われた、と考える現地オーストラリアのドロップアウトした若者によるうっぷん晴らし、ともいえます。
多文化主義社会では、その国民は多文化主義の恩恵を受けていると思われる移民・難民へ不満を抱きやすく(特に若者)、それが攻撃となります。

一方、フランスで起きた人種暴動は、移民自らが、差別的待遇のために職が得られず、生活水準も低い、という不満が募ってのうっぷん晴らし、ともいえます。
移民・難民側にしても、受け入れる国民側にしても、新自由主義経済とそれが引き起こす競争、ひいてはその格差社会に対する不満・生活不安・ストレスは同じであると想像できます。

ただ、多文化主義社会では、「主流国民→移民・難民への暴力」となるのに比べ、同化社会では「移民・難民→主流国民への暴力」とこれらのベクトルは逆向きになります。

現在の、新自由主義経済のグローバル化の流れは全世界的に進行しており、それに沿った経済主義的多文化主義の移民政策は国家戦略として成功を収めているのであるから、今後も進めるべきではありますが、経済主義的多文化主義にもメリットだけではなく、デメリットも当然あります。

 ・高度職種・企業家移民中心の移民政策により、社会的弱者である開発途上国からの移民の数が減らされる。
 ・移民政策の制限(=移民者総数制限・移民VISA資格の高度化)により、合法では移民として入国できない者の非合法入国・滞在者が増える。
 ・社会的弱者の移民・難民の排除は完全にできないけれど、福祉サービス予算は削減されているので、受け入れられた人々へのサービスが十分でなく、彼らの社会との関わりに問題が生じる可能性がある。
 ・犯罪・暴動・紛争・テロの温床になる可能性。
以上がデメリットとして考えられます。

暴動などを防ぎ、安定的な多文化主義社会構築のためにどうすればいいのか。
経済主義的多文化主義をさらに推し進めても、勝者と敗者を生み出すだけで、格差社会が対立・紛争・暴動の火種になりうることをしっかりと認識し、福祉主義的要素もバランスよく取り入れるのが、よいのではないでしょうか。

といった内容が、この講演会の内容でした。
これを40分、実際には10分オーバーしましたが、40分で講演するのは、ちょっと無理があるなーと思いました。大学の数回の集中講義を超凝縮・圧縮し、猛スピードで駆け抜けた、っていう感じでした。
私としては、大変興味深く、おもしろい内容でした。いろいろと気づくことができましたし。
やっぱり、事前に勉強(ちょっと本を読んだだけですが)しておいて、よかったと思いました。
またこのような講演があれば、聞きに行きたいと思いました。

当日の会場でも販売されていた関根教授の本を今、図書館で借りて読んでいます。
以上の内容がもっと細かく説明されていますので、より分かりやすくなっていると私は思います。
『多文化主義社会の到来』 朝日選書650 2000年刊行 朝日新聞社¥1260
by yellow-bus | 2006-11-12 23:43 | Australia いろいろ

多文化共生 -その3 『多文化主義』4

次に、オーストラリアを歴史的側面から見ていきます。
1788年に流刑地として白人が入植し、1901年にオーストラリア連邦として、イギリス連邦より独立。この頃はまだ、かの有名な白豪主義国家として、白人ヨーロッパ系(主にイギリス・アイルランド系)の移民しか認められていませんでした。
第2次世界大戦後も白豪主義は続きますが、イギリス・アイルランドからの移民だけでは国内産業の発達に足らず、徐々に他のヨーロッパ地域(特に南ヨーロッパ)からの移民を積極的に受け入れました。さらに、中近東系の移民も徐々に受け入れるようになりました。
母国イギリスとの結びつきがだんだんと弱くなっていくにつれ、オーストラリアの位置的環境や世界経済の発展状況から日本やアジア諸国、超大国であるアメリカとの関係が強くなっていき、白豪主義を捨て、多文化主義国家・アジア太平洋国家を目指す政策の転換を行い(1970年代)、非差別的移住政策と多文化主義を導入し、現在のスタイルとなりました。

このあたりの説明は、講演会では省かれていました。なにしろ、40分しか講演時間はなく、これを説明するだけの時間的余裕はありませんでした。
講演会のタイトルにあるような、文字通りの『白豪主義から多文化主義へ』という歴史的流れは、省略されました。歴史について語るよりも、現在のオーストラリアについての話がメインなので、いたし方ありませんね。

私がこの講演会に参加するにあたって、carparkeeさんより、参考資料をもらいました。
『ホワイト・ネイション ネオ・ナショナリズム批判』(原題White Nation: Fantasies of White Supremacy in a Multicultural Society)著者Ghassan Hageガッサン・ハージ (平凡社2003年刊)のうちの、日本語版への序論、です。
ここにはオーストラリアの歴史が移民政策・多文化主義政策と絡めて説明されていました。
普段、このような本を読まない私にはちょっと難しい言葉もありましたが、なかなか面白く読めました。

こういった講演会に参加するのに予備知識がないと、十分楽しめないなー、って思いました。そして、講演時間が大変短く、本当に超特急で説明が進んでいくので、ひとつ理解できないと、そのあと全部が分からなくなってしまう可能性があると思いました。

さて、従来の福祉国家としての、福祉主義的多文化主義に基づく移民に対する諸政策は、政権交代により大きく変化します。
労働党政権(キーティング首相)から自由党・国民党連合政権(現ハワード首相)へと政権交代が行われ(1996年)、ここで『福祉主義的多文化主義』から『経済主義的多文化主義』へと政策が変わります。

政策の転換と新自由主義経済の広がりにより、経済立て直し(リストラ)政策が導入され、脱福祉国家政策から生じる国民生活不安が増加します。
それによって、多文化主義の展開が国民の文化的不安を呼びます。
国民の生活に対する不安や文化に対する不安は、一時的であれ、ポーリン・ハンソンのワンネーション党の登場=極右政党への国民支持が集まり、一時的に多文化主義が窮地に立たされます。

しかし、現政権の取った経済の立て直しや移民政策の見直しにより、多文化主義は福祉的から経済的へと姿を変えつつも継承されていきました。

従来の、「家族呼び寄せ・難民重視の移民政策」では、国家の福祉予算の負担が大きすぎるため、入国条件を高度化(=高度職業従事者・資格保持者優先、ビジネス投資家・企業家優先、高等教育資格保有者優先)し、『移民は弱者ではなく強者』という移民政策に変わっていきました。

景気の上昇と移民政策の転換により、一時的に集まった極右政党への支持は激減し、オーストラリアは多文化主義国家として新たなスタートを切りました。

という説明を受け、私らがまさにこの移民政策の下で移民をするわけだ、とあらためて、違う観点からのオーストラリアへの引越し=移民について、気づかされました。
確かに、IELTSのポイントは一定水準以上必要だし、学歴は大学卒、資格がありそれに従事していたことが証明され、認定されることがVISA認可の条件であるわけですし。(他にも、州債を買えば技術独立VISAのポイントになる、というボーナスも、お金がないとダメなわけですし。)
なるほど、と思った次第です。
by yellow-bus | 2006-11-08 00:23 | Australia いろいろ

多文化共生 -その3 『多文化主義』3

多文化主義には2つの考え方があることを、この講演会で知りました。
まずは、『福祉主義的多文化主義』
これは、移民・難民・外国人労働者の多くは生活困窮状況からの脱出を図ってオーストラリアにやってくるので、それを保護する目的が大きいことが挙げられます。
この福祉的政策のためには、大きな政府を前提とする手厚い福祉サービス・社会的弱者を助けることが必要であり、これは労働党などの政策と一致します。
国民全員に一律の福祉政策・サービスを実施するのが政府の役割であるとされ、国家が責任を持つことになります。

それとは違う考え方に、『経済主義的多文化主義』があります。
これは、移民を国益に役立つ経済的移民を中心に受け入れ、移民を社会的強者としてその文化援助を行う、というもの。
先にあげた福祉主義的側面は縮小し、新自由主義経済とグローバル競争時代に適合した多文化主義であるとされます。これにより、人種・民族・エスニシティの違いを超えた競争を求めることになりますが、その目的は、より良い人材を幅広く獲得し、国を豊かにするため。
福祉主義的側面を縮小するために、困っている一部の人・地域のために必要に応じた福祉政策・サービスを部分的に実施することになります。よって、大きな政府よりは小さな政府で、これは保守政党系の政策と一致します。

この2つの考え方を別の言葉で言い換えると、
福祉主義的多文化主義 ⇒ 多文化共生社会を目指す(異文化を越えて仲良く生活)
経済主義的多文化主義 ⇒ 多文化競生社会を目指す(異文化を越えて対等に競争)
ということができます。

なるほど、私が多文化主義という言葉からイメージしていたのは、福祉主義的多文化主義に近かったことが分かりました。
そして、現在の政権での移民政策から、福祉主義的から経済主義的に移行していることが分かりました。
by yellow-bus | 2006-11-07 23:25 | Australia いろいろ

多文化共生 -その3 『多文化主義』2

連邦政府によるオーストラリアの多文化主義の基本理念は1989年とその後の1999年のレポートに、以下のように定義されます(以下のものは、私がものすごく大ざっぱにまとめたものです)。
 ・文化的独自性 (それぞれの文化的伝統を重視し、分かち合う権利)
 ・社会正義 (全てのオーストラリア人が、待遇と機会の平等を享受し、人種・民族・文化・宗教・言語・性・出生地等の障害から自由になる)
 ・経済効率 (技能と才能を維持し発展させ、効果的に用いる)
 ・国益優先 (多文化主義政策は、全てのオーストラリア人が先ず第一に、オーストラリアおよびその利益と未来を優先し、かつそれらに対して、一つにまとまった責務を持つべき)
 ・リベラルな価値観と制度
 ・義務と責任 (多文化主義政策は、与えられた権利と同様に義務を課している。すなわち、自分の文化を表明する権利は、他の人がその文化を表明する権利を受け入れること)

以上の観点から、多文化主義の主な点をまとめると、
 ・オーストラリアという国への忠誠を抱き、国益を重視
 ・人種・宗教・文化等による差別をなくし、自由の権利行使を実現
 ・国民全体の生活機会の平等・公的サービスの平等利用
 ・経済発展のための国民の潜在能力の活用
 ・英語以外の異文化理解促進
 ・オーストラリアの社会制度は文化的多様性を反映するように構築する
と、簡単にまとめるとこうなります。

私が以前、「多文化主義」と聞いて思い描いていたイメージは、
「他民族の文化も尊重し、一方の価値観を押し付けることなく、それぞれの文化が共存・発展していく」
ということでした。ある意味、理想の社会(=空想上の社会)です。
でも、それをよくよく考えると、例えば、
イスラム社会では、女性の社会進出は好ましいものとされていない、という価値観と
西洋社会での男女平等という価値観は相反する、ということになる、という問題に直面するのでは、と思いました。
でも、そこにはキチンとした優先順位があり、まずは「オーストラリアという国の国益を重視」することが第一とされ、オーストラリアの基本的社会構造を受け入れると同時に憲法を受け入れ、男女平等の原則を受け入れることが求められている、ということでした。

言ってみれば、しごく当然のことであります。
オーストラリアという国で暮らしているのだから、オーストラリアという国が“多文化主義”を国是として取り入れていたとしても、オーストラリアの国の方針に従わなければならない、ということ、です。

“多文化主義”という言葉に、ずいぶんと自分の理想を重ねていたようです。それに気づかされました。

もちろん、自国の文化も他文化同様に尊重されるのだから何をやっても許される、とは思ったりしませんが、その表現は違えど、それと同じコトを考えていた、もしくは、多文化主義社会の現実的な面について今までは考えていなかった、ということにも気づかされました。

話はまだまだ続きます。
by yellow-bus | 2006-11-07 00:53 | Australia いろいろ

多文化共生 -その3 『多文化主義』1

『白豪主義から多文化主義へ-オーストラリアの多民族共生社会に学ぶ』
というのが、3つ目の講演のタイトル。これが今回の講演会に私が期待していた講演でした。

まずは、“多文化主義とは”という初歩の初歩から始まりました。研究者でもなく、その道について学んだこともない素人の私にはありがたいのですが、講演の先生にとっては「もう十分に話しつくしたこと」であるようです。

さて、多文化主義の基本理念とは、「反同化主義である」ということから始まりました。
 ・国民国家は一文化、一言語、一民族によって構成されるべきだ、という古典的な民族自決と同化主義的国民形成と統合政策に反対する。
 ・人種差別、民族差別、エスノセントリズム(自民族中心主義)への反対を擁護する。
というものでした。

そして、さらに、民族・エスニシティへのこだわりを前近代的・非合理的なものとして否定せず、むしろ多文化状況を積極的に評価し、その存続・維持発展を求めていく。
その多文化共生の考え方は、エスニック文化とナショナル文化の共存共栄を図っていくことになる、というもの。

なるほど、ここまでは私なりの「多文化主義の定義」とは違っておらず、ちょっと安心しました。でも、この後に出てきた話にちょっと驚きました。

というのも、多文化主義の戦略的目標として、
「多文化主義は国家が生き残るための国家戦略である」という話が出てきたからです。
 多文化主義が国家戦略?
 多文化主義は移民などによって多文化が身近に存在している国においての、住民同士のトラブルを避けるための手段
という、ミクロ的な視点でしか考えたことがなかったので、「国家戦略」と聞いて驚きました。

要は、多文化主義は社会的安定と国家分裂を防ぐための国家の生き残り戦略であり、移民・難民・外国人労働者の人材有効活用を目指す、国家経済発展戦略であり、国際政治の安定と貿易拡大を目指す国際貿易促進政策である、ということらしいのです。
これが、多文化主義が国家戦略とされる理由でした。

これは1989年に刊行された ”National Agenda for a Multicultural Australia” というオーストラリアの多文化主義の基本理念について書かれたレポートと、その改訂版である1999年の “A New Agenda for Multicultural Australia” というレポートに詳しく記載されています。

なかなか面白くなってきました。
by yellow-bus | 2006-11-05 23:59 | Australia いろいろ

多文化共生 -その2

「アボリジナル・コンピュータ -情報化社会における共生の知恵」
ということで、1988年にアボリジニの村に行って、業務管理システムのコンピュータ化に携わった先生の話。
アボリジニ従業員に対して、パソコン指導をした話は大変興味深かった。
アボリジニの学習態度というのは、
 ・マニュアルや言語を通した学習は苦手
 ・イエス/ノーを問い詰める形式も苦手
 ・先輩や先生の動作を静かにじっと見て、自分の頭の中でイメージトレーニングを繰り返し、自信がついたら実践する
というもの。
実際、その先生の話では、パソコン指導をじっと部屋の隅で聞いていて、先生がいる間にはパソコンに触れなかった生徒(男性従業員)が、誰もいなくなってからパソコンを操作していたのを見たそうです。

そういうアボリジニの学習態度は、元々、文字を持たない民族=音声言語社会で、採集狩猟の村社会というところからきているそうです。

言葉に頼らず、その文脈にあるイメージを大切にするアボリジニ。
イメージに重点を置くアボリジニ文化は、彼らの芸術や芸能、特に彼らの精神世界 ”ドリーミング” に象徴されている。

普段、文字や言葉に頼りすぎてはいないか。文字や言葉に頼らず、他の文化との共生のためには、アボリジニのように、イメージを相互理解するように努力することも必要ではないか、
というお話でした。

なるほど。ついつい言葉で済ませてしまいがちな日常。言葉は使うものの、頭を使っていないんじゃないか、って思いました。

最後は、多文化主義について、です。
by yellow-bus | 2006-10-31 17:34 | Australia いろいろ


オーストラリア永住VISAが05年9月におりて、07年6月にメルボルンに引っ越し(移住)してきました。


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